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【ブログ再公開予告】

読者各位


日ごろより懲りずにご愛読賜り、ありがたく厚く御礼申し上げます。

このたび思うところあって、近日中にも当ブログを再公開する予定です。
これまで毎度パスワード入力にお手間をとらせましたことを
お詫び申し上げますとともに、
今後とも末永いご愛顧のほど、改めてよろしくお願い申し上げます。

そもそも、なぜブログの限定公開に至ったか、
たいへん遅ればせながらも、
そのいきさつからご説明申し上げねばなりますまい。

賢明な読者諸兄はとうの昔にお気づきの通り、
この5~6年というもの、日々の多忙をいいことに、
ダイエットからは遠ざかる一方の自堕落な生活を続けて参りました。

ひどいときは体組成計に乗るのも(おっかなくて)スルーし、
69.8kg」と虚偽申告でごまかしたことも多々ありました。

(実際、某読者から
「ここ1か月ずっと69.8㎏が続いていますがホントに体重測定していますか?」
という鋭いご指摘を頂戴し、ドキッとしたことを覚えています)

当時は日々の業務に加え、Web制作や英会話習得に興味が移り、
ダイエットは二の次三の次といった状態で、
ただもう70kgさえ超えなければよしとしていました(実は超えてましたけど)。

そうなると必然的にこのブログにダイエットネタが登場する頻度も極端に減り、
単に日々の行状の垂れ流しに終始していました(それは今も変わりませんが)。

従いまして、諸兄のようなご奇特な長年の読者様方(多謝!)は別にして、
「ダイエット」や「メタボ」に関する何らかの有益な情報や体験談を求めて、
当ブログに辿り着いた一見(いちげん)の閲覧者様方に、
わざわざ貴重な時間を割いてご覧いただくにはまったく値しないと判断し、
限定公開とさせていただいた次第です。

ところが、ご存知の通りその後のパンデミックで状況はまさに一変しました。

まず、昨年春以降、感染予防のために
それまでのバス帰宅を徒歩に切り替えました。

昨秋に目まいを発症して以来(今思えば原因は遅れてやってきた熱中症)、
しばらく再度バス帰宅に切り替えましたが、この春から徒歩帰宅を復活、
毎朝の通勤時に予防策としてキャップをかぶったおかげで
今年はどうにか熱中症も回避することができました。

しかしそれだけでは長年常駐し続ける腹部のブヨブヨ脂肪は除去できるはずもなく、
昨年10月の人間ドックではウエストなんと89㎝を記録。
文字通り、堂々たるメタボおやぢに逆戻りしてしまいました。

あの頃は30インチのジーンズが超パッツンパッツンでついに股部分が擦り切れ、
恥ずべきことにそれを機会にらくらくフィットのEZジーンズに切り替えました。

そこで一念発起!というほどの固い決意でもなんでもありませんでしたが、
翌11月、昔取った杵柄とばかりに、遊び半分に膝コロを試してみると、
往時は浅い角度ながら50回をクリアできていたのに、それが3回と続かない始末。

ブログには書きませんでしたが、これには相当なショックを受けました。

「オレはこのまま老いさらばえて朽ち果てるのか」

しかし率直に言って、もう還暦を越えているのだから筋力低下も当然のこと。
だったら肩ひじ張らず、回数達成も目標にせず、できる範囲で取り組もう。

そう思ったらとても気が楽になり、苦しいはずの腹筋運動も
何ら精神的苦痛を感じることなく再挑戦することができました。

回数も3回、5回、10回と伸びて行きましたが、その過程でも

「決して回数が目的ではない、1回1回、腕をしっかり伸ばして腹筋で戻る」

そう自分に言い聞かせて、無理せず今日まで続けることができています。

そして、それ以上に大切なのが夕食。

愛妻の献身的協力により、長期間かけて品数・量を少しずつ減らしてきて、
その結果、ごくごく自然に胃袋が小さくなって(と思い込むことができ)、
今では比較的少量で満腹感を得られることができるようになりました。
(というより、それ以上に酔っぱらって眠くなる、といった方が正しいかも)

以上の結果、体重も決して急激にではなく、少~しずつ着実に減少。
もはや長年にわたる悪友とも言うべきヘソ下のブヨブヨ脂肪の塊も、
徐々に徐々に小さくなってきつつあるのを日々実感する今日この頃です。

筋肉量を増やしながらの超スローダイエットですから、
心身への負担・ストレスもまったくありません。

それ以上に、本人にとっては「ダイエットしている」という実感すら、
まったくありません。

「ダイエット宣言しないダイエット」

「食事制限しないダイエット」

「他者に頼らない自助努力ダイエット」

さらに、今流行りの言葉を借りれば

「持続可能なダイエット」

この経験はひょっとすると、いわゆる「コロナ太り」に悩む方々にとって、
些少なりとも福音的示唆となり得るのではないか。

そう考えて、近々、当ブログの再公開に踏み切る決意を固めた次第です。

読者諸兄におかれましては、ご理解ならびにご了承のほど、
なにとぞよろしくお願い申し上げます。

つきましては1点だけお願いがございます。

人生一寸先は闇、何が待っているかわかりません。
不測の事態(継続意思の急激な低下など)により、
突如としてまたぞろ限定公開に戻る可能性も、決してゼロではございません。

その際、現状のパスワードの現在形 see を、
正しく過去分詞の seen に置き換えていただきますよう、
なにとぞよろしくお願い申し上げます。

今後も相変わりませずご愛顧賜りますよう、
衷心よりお願い申し上げます。

末筆ながら皆様方の今後ますますのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
時節柄感染予防、ならびにご体調維持管理にご留意いただきますよう。

ありがとうございます。


  2020.09.28  めた坊1号 敬白
 

めかぶ様へ

コメントいただきありがとうございます。
長すぎるのか、返信コメントが受け付けられませんので、ここに。

私の場合、人生の先輩というより、
むしろ「しくじりダメダメ先輩」の方が的を射ています。

35歳で一度大きな挫折を身から出た錆によって味わったものの、
そこから懸命に這い上がり、その後15年は多忙に過ごしてきました。

ところが50歳のときにあのリーマンショックが起こり、
突如として注文は激減、苦境に立たされました。

一方、それまでは連日24:00まで残業、そこから深酒をしておりました。
それが受注量激減により思わぬ余剰時間ができたことで、
ふとそれまでのわが身を振り返る時間的・精神的余裕が生まれました。

「30歳からの20年間はあっという間だった」

と思い返した一方で、

「これからの20年も同じくらいあっという間に過ぎ、気がつくと70歳」

そこに思い至ったとき、
全身の毛が逆立つような恐怖に囚われました。

「オレはこれまで大したこと何一つ成しえていない。
ここまで50年の歩みは【無】に等しい。

ここままいけば、オレの人生は【無】で終わる。
そして、死の床で、それこそ死にそうなほどの後悔に苛まれる。
『オレの人生は何だったんだ』そう心中絶叫しながら死を迎える-

それだけはなんとしても避けたい!」


私にとって、何かを成しえるというのは、
社会的に認められた人間になるとか、経済的に大成するとか、
そういうことではありません
(もちろんそうなるに越したことはないけれど)

つまるところ、自分の人生に満足できるか否か、という点に尽きます。

若いころは単なるポーズにせよ、
将来は弁護士になるとか、
留学して英語をマスターし、世界で活躍するとか、
そんな夢のようなことを両親はじめ周囲に語っていました。

結局は家業を継いで日々悪戦苦闘を続けているわけですが、
問題は、たとえポーズであったにせよ
「夢を叶えられなかった」ことにあるのではなく、

「夢を叶えるべく『努力することを怠り続けてきた』自分自身と、
50歳にもなって真正面から向き合ってしまった」

という愚かしい現実にあります。

もちろん50歳から海外留学しようとか、
弁護士になろうとかいうのではありません。

やがていつか死に直面した時「オレの人生やり切った!」と
胸を張り、清々しい思いで運命を受け入れるために、

『弛まぬ努力の継続』への挑戦を、しかも楽しみながら開始するなら、
今この時期がラストチャンスだ」

ごくごく自然な感情として、素直にそう思ったのが50歳のときです。

その手始めがダイエットと、
その結果手に入れた体重・体型の「維持・継続」でした。

それを通じて得られたのは

「努力の継続も習慣化できる」

という極めて重要な事実で、これを体験的に得られたのは望外の収穫。

習慣化してしまいさえすれば、
「今オレは懸命に努力しているんだ」というストレスを感じることもなく、
むしろやらないと逆に気持ちが悪くなるほどです。
このことは現在週3回行っている膝コロ30回×2セットにも当てはまります。

英語(会話)学習に関しても、具体的に何を目指すということはなく、

「少なくとも、高校でもし真面目に勉強を続けていとしたら
到達し得たレベルまでもっていき、さらにその上を目指そう」

という、いわば遠い昔に置いてきた忘れ物を取りに行く旅と言えましょう。

ラジオで学んだ単語やフレーズを英会話教室で試し、
ネイティヴ相手に通じると内心ガッツポーズ、その程度のことです。

その学習もいつしか習慣化しているので、勉強しないとキモチワルイ。
いや、それはむしろ勉強ではなく「愉しみ」に転化されています。

要は自己満足です。
そして問題は「どのレベルで満足するか」という点にあります。

それに関して、最も大切なのは

「自己期待値を”少しだけ高め”に設定する」

ことではないかと、少なくとも今の時点では強く感じています。

「本来のオレは、やろうと思えばもう少しやれるのではないか?
今やらないと、やがて後悔する日がくるのではないか?
その時はもう頭も体もいうことをきかなくなってひとりベッドで悶々と…」

いやだいやだ、そうなりたくはないもんね~。

以上、長々と生意気を申し上げました。
大した参考にならないかと存じます、スミマセン。
 

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