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平成28年1月29日(金)

■朝:和朝食
■昼:懐石料理・瓶ビール
■夜:【坊乃】にていろいろ・生・熱燗(男山)

□起床時体重:69.5kg(推定)
□入浴後体重:計量不能

6:00覚醒、まだ早いが、かといって二度寝できそうにもないので
むっくり起きて机に腰掛け、ちょとりと通販系の業務を片付けて
2日分のこれを殴り書いたら早くも8:00。

あわてて身支度を済ませ、地下に降りると
朝食会場にはすでに皆様お揃い。
バイキングではない和朝食は久々だ。

9:00にいとこ(年上の女性)と妹の3人でタクシーに乗り
20分ほど走った町の某寺にある父方の実家の墓に参拝。


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この隷書、どこかで見たことがあると思ったら
なんと、親父の揮毫であった。

倶会一処(くえいっしょ)とは、浄土教の往生の利益の一つ。
 阿弥陀仏の極楽浄土に往生したものは、
 浄土の仏・菩薩たちと一処で出会うことができる、という意味。

 浄土真宗では、念仏の信仰に生きる人は、
 この世の命が終わるとただちに浄土に生れるとし、
 そこで墓碑に「倶会一処」と刻むことがある。

 それは、先に浄土に往生している先祖たちと、
 共に同じ浄土に生まれたいと思う心持ちを表したものであるし、
 また同じ浄土へ往生させていただくことを喜ぶ姿でもある。

 -以上Wikiより)

この後タクシーでまた別の寺にある
今は無縁墓となってしまった父方親族の墓へも参拝し、
タクシーで斎場に戻ったのがジャスト10:00。


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告別式を待つ間、昨夜初めて会ったいとこの娘さんが
あまりにもかわいいのでツーショット写真をお願いする。

11:00からの式は淡々と進んだが、
最後のお別れの際、聞こえるはずもない叔父の耳元で

「ありがとうございました」

と口にした瞬間、突如として激情がこみ上げて不覚にも号泣。

他のいとこたちとは違って、叔父との交わりはさほど濃密ではない。
毎年のように夏は金沢に長期滞在したいとこ2人に比べれば、
叔父と会った回数は累計で10分の1にも満たないはずだ。

それでも、節目節目で叔父と語らう機会に恵まれ、
そのたびに示唆に富んだ言葉をいただいてきた。
25年前、まぐれ当たりで天下を取った気になっていたオレを
遠回しな表現でやんわりと諌めてくれたことを思い出す。

しかし30をほんの少し越えたばかりの当時のオレは、
そんな叔父の危惧を推し量るには
あまりにも若く、不遜で、なおかつ唯我独尊でありすぎた。

その5年後、個人的な大問題を起こしたオレは
電話で叔父から強烈な叱咤を食らう羽目となり、しかもそれに逆上し、
あろうことか大恩あるはずの人を口汚く罵るという愚行を犯す。

それから20年近くの時を経てようやく謝罪の機会に恵まれたのは3年前、
叔父は何事もなかったかのように、
満面の笑みで不肖の甥子を迎え入れてくれた。
その穏やかな笑顔は、この先もずっと、瞼の裏から消えることはない。

ほんとうに長い間、いろいろとご心配・ご迷惑をおかけしました。

11:50出棺、バスで20分ほどの火葬場で荼毘に付され
斎場に戻って初七日法要の後、精進落としの会食。


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【前菜:公魚昆布巻・紫芋・子持布・菜の花胡麻辛子・
     はたはた南蛮漬・蟹身・もって菊黒巣ジュレ・
     胡麻豆腐・金持芋雲丹焼】



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【御造り:赤そい・刺身湯葉・甘えび】


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【鉢もの:茶そば】


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【お吸い物:白味噌仕立て海老くず餅】


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【焚合:湯葉饅頭・絹さや・艶あん】


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【焼物:鰤柚子焼・磯辺豆腐・はじかみ】


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【揚物:鱈白子あられ揚げ・青唐】 続く茶碗蒸しは写真取り忘れ


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【止:青菜ご飯・香の物・小吸い物】


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【水物:ほうじ茶アイスクリーム】

16:30に斎場を後にして妹とタクシーで金沢駅へ。


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20分後の便ではせわしないのでその1本後の切符を買い、
ほんの数年前とは大きく様変わりした構内の土産店街を見て回る。

17:52発のかがやきに乗り、途中爆睡しつつもここまでのこれを書き、
英語Webのモバイル表示用画像を作り変えたりして20:24東京着で21:00帰宅。
晩飯を食べずに待っていてくれた愛妻と今年初めての【坊乃】へ。


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おつかれぃ


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【お通し:手羽大根】


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【俺の作った塩辛】


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【ぶり刺身】


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【あじたたき】


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【熱燗(男山)】


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【牡蠣酢】


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【はまぐり酒蒸し】


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【揚げたて厚揚げ】


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【ねぎ入り卵焼き】


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【漬物】

この2日間の報告をしつつゆっくり飲んで食って23:00帰宅、
ささっとシャワー浴びて24:00気絶、今夜は最低10時間は寝てやろう。


たった20時間の金沢滞在であったが、実に有意義なひとときをすごせた。

心配をかけっぱなしだった叔父に最後のお別れを申し上げることもできたし、
思いがけなく父方親族の墓参も叶い、親父の実家への思いも肌で感じた。

特に彼が実家の墓を兄(亡くなった叔父)と一緒に建てたこと、
しかも墓碑銘を自ら揮毫したことなど、今までまったく知らなかった。

いつか親父が「死んだら分骨して半分は金沢にある実家の墓に入れてくれ」と
(母のいない時に)語ったことがあるが、そのときはオレも真剣に取り合わなかった。

なるほど、そういうことだったのか、と、今初めてその意図を知りえた。
まだしばらく先のことになるだろうが、いつかは彼の遺志を叶えようと思う。

今回は叔父のおかげで父方のいとこたちとも久々にゆっくり語らうこともできたし、
彼らを通じて、今まで知ることのなかった親父とのエピソードも聞けた。
(かつて「60歳を過ぎたらフルートを習いたい」と言ったとか・・・まったくの初耳)

親父はオレたち子供には見せない一面を持っていた。

いや、というよりも、むしろ子供の側が、
父親という「役割」を前提にのみ彼と接していて、
(このような状態をこそ「父に甘えている」というのだろう)
「個人」としての彼に誠実に向き合う、という客観性と許容量に、
圧倒的に欠けていたという事実を、今さらながら痛感せざるを得ない。

だから彼も「個人」として接してくれる甥・姪や教え子たちに胸襟を開き、
その思いや心情を気楽に、率直に吐露できたのだろう。

親子、特に父親と息子というのは近すぎるがゆえに、
かえって逆に乖離した存在になってしまいがちなのかもしれない。

最近、逆の状況をありがたく擬似体験する機会を得ていることもあって、
親子における人間関係の脆弱さ・危うさというべきものを、
ようやく身にしみて理解できるようになった。

オレとしては自分なりに精一杯、父親孝行したつもりでいたが、
かんじんなところで至らなさ過ぎた。

もっと話を聞けばよかったね。
さびしい思いをさせてごめんね…

今となっては、心の中でそう呟くしかないけれど。
 

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