FC2ブログ

令和3年6月13日(日)

■朝:塩パン・コーヒー
■昼:あさりご飯弁当・赤だし
■3時:煎餅
■夜:そら豆・武蔵野(両国升本)・Pモルツ・石蔵お湯割り・梅干し
 
□入浴後体重:68.8kg

7:00起床、早速英会話レッスンの宿題に取りかかる。

まさかの2週連続プレゼン、今回のお題は早々に決定。
先月、Herman先生とのマンツーマンレッスン
大いに盛り上がった The King of R&R を取り上げる。

まずは英語日本語のウィキペディアを両方開いて彼の足跡を辿り、

■幼少期
■デヴュー当時
■兵役~除隊後の映画出演
■1968年のカムバック以降

以上の4ブロック分け、3時間かけて要約を書き終える。

10:20に愛妻と自宅を出発、川沿いをゆるゆる歩き、
階段とそれにつづくだらだら坂を上って隣駅に到着。

駅ビルのニトリで夏用極冷寝具を2人分まとめ買いし、
地下の食品スーパーで昼夜2食分を調達して11:30帰宅。




自室で昼飯を食い、午後は一昨年放映された
エルヴィスの伝記番組 The Sercher 前後編4時間を
途中さっとシャワーを浴びたりしながら一気観。

さらに20:00から自室で映画 Elvis on Tour を観ながら晩飯。




この映画は中学1年の12月、母親に連れられて当時銀座にあった
テアトル東京で観た。

早熟だったオレは当時すでに母親と一緒に出歩くのを嫌悪していたが、
彼女のたっての願いで、近所に住んでいた八百屋の幼馴染みも一緒に
渋々ながら付き合うことにしたのだが、
初めて観るエルヴィスのカッコ良さに一発でシビレてしまった。
(この後、立て続けに3回観に行った)

しかもその1か月後の翌年1月には、史上初となる全世界同時生中継の
コンサートがハワイで開催されるという絶妙なタイミングで、
13歳のおませな少年は、エルヴィス・プレスリーにドップリ首まで浸かっていく。

それ以降は月初めにもらう小遣いを握りしめて近くのレコード屋に走り、
毎月1枚ずつ彼のアルバムを買っては溝が擦り切れるまで聴き込んだ。

しかし今となっては不思議なのだが、英語は好きで成績も優秀だったものの、
彼が何を歌っているのか知ろうという気には、なぜかまったくならなかった。
歌詞カードも対訳も一切見ることなく、ただただ耳だけで彼の歌声を楽しんだ。

あれからあっという間に半世紀もの年月が流れてしまった。
伝説のハワイ公演から4年半後の1977年8月、彼は42歳でその生涯を閉じる。

こうして久しぶりに50年前の映画を観ると、当時を思い出すだけでなく、
それ以上に、年齢を重ねた分だけ随所に新たな発見を得る。

今でこそ、不世出のポピュラーシンガーとの評価が確立しているが、
当時はエルヴィスといえばまだまだ The King of R&R のイメージが強く、
1972年に発表されたバラード Separate Ways(別離の歌)が、
週刊プレイボーイ誌上で「まるで歌謡曲」と酷評されたのを
いまだ鮮烈に憶えている。

しかしこの曲は当時実際に妻子との別離を決断した彼が
その心中を吐露するように歌い上げたものだということを後に知る。
それがきっかけとなって彼は心身のバランスを崩し、
やがて過食と薬の乱用で自らを破滅へと追い込んでいく。

中学生当時は彼の独特なステージアクションばかりに目が行っていたが、
凄腕揃いのミュージシャンのアイコンタクトによる絶妙な連携も素晴らしいし、
ステージ上でバックコーラスのゴスペルに聴き入る彼に、
敬虔なクリスチャンとしての一面が窺える。

ともあれ、今日は1日中エルヴィス三昧で楽しかった、22:00気絶。
明日からまたがんばろう、問題は何をがんばるかだが。



 

« 令和3年6月14日(月)|Top|令和3年6月12日(土) »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

https://metabo-diet.jp/tb.php/4130-1b3a0a42

Top

HOME

QR