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めかぶ様へ

コメントいただきありがとうございます。
長すぎるのか、返信コメントが受け付けられませんので、ここに。

私の場合、人生の先輩というより、
むしろ「しくじりダメダメ先輩」の方が的を射ています。

35歳で一度大きな挫折を身から出た錆によって味わったものの、
そこから懸命に這い上がり、その後15年は多忙に過ごしてきました。

ところが50歳のときにあのリーマンショックが起こり、
突如として注文は激減、苦境に立たされました。

一方、それまでは連日24:00まで残業、そこから深酒をしておりました。
それが受注量激減により思わぬ余剰時間ができたことで、
ふとそれまでのわが身を振り返る時間的・精神的余裕が生まれました。

「30歳からの20年間はあっという間だった」

と思い返した一方で、

「これからの20年も同じくらいあっという間に過ぎ、気がつくと70歳」

そこに思い至ったとき、
全身の毛が逆立つような恐怖に囚われました。

「オレはこれまで大したこと何一つ成しえていない。
ここまで50年の歩みは【無】に等しい。

ここままいけば、オレの人生は【無】で終わる。
そして、死の床で、それこそ死にそうなほどの後悔に苛まれる。
『オレの人生は何だったんだ』そう心中絶叫しながら死を迎える-

それだけはなんとしても避けたい!」


私にとって、何かを成しえるというのは、
社会的に認められた人間になるとか、経済的に大成するとか、
そういうことではありません
(もちろんそうなるに越したことはないけれど)

つまるところ、自分の人生に満足できるか否か、という点に尽きます。

若いころは単なるポーズにせよ、
将来は弁護士になるとか、
留学して英語をマスターし、世界で活躍するとか、
そんな夢のようなことを両親はじめ周囲に語っていました。

結局は家業を継いで日々悪戦苦闘を続けているわけですが、
問題は、たとえポーズであったにせよ
「夢を叶えられなかった」ことにあるのではなく、

「夢を叶えるべく『努力することを怠り続けてきた』自分自身と、
50歳にもなって真正面から向き合ってしまった」

という愚かしい現実にあります。

もちろん50歳から海外留学しようとか、
弁護士になろうとかいうのではありません。

やがていつか死に直面した時「オレの人生やり切った!」と
胸を張り、清々しい思いで運命を受け入れるために、

『弛まぬ努力の継続』への挑戦を、しかも楽しみながら開始するなら、
今この時期がラストチャンスだ」

ごくごく自然な感情として、素直にそう思ったのが50歳のときです。

その手始めがダイエットと、
その結果手に入れた体重・体型の「維持・継続」でした。

それを通じて得られたのは

「努力の継続も習慣化できる」

という極めて重要な事実で、これを体験的に得られたのは望外の収穫。

習慣化してしまいさえすれば、
「今オレは懸命に努力しているんだ」というストレスを感じることもなく、
むしろやらないと逆に気持ちが悪くなるほどです。
このことは現在週3回行っている膝コロ30回×2セットにも当てはまります。

英語(会話)学習に関しても、具体的に何を目指すということはなく、

「少なくとも、高校でもし真面目に勉強を続けていとしたら
到達し得たレベルまでもっていき、さらにその上を目指そう」

という、いわば遠い昔に置いてきた忘れ物を取りに行く旅と言えましょう。

ラジオで学んだ単語やフレーズを英会話教室で試し、
ネイティヴ相手に通じると内心ガッツポーズ、その程度のことです。

その学習もいつしか習慣化しているので、勉強しないとキモチワルイ。
いや、それはむしろ勉強ではなく「愉しみ」に転化されています。

要は自己満足です。
そして問題は「どのレベルで満足するか」という点にあります。

それに関して、最も大切なのは

「自己期待値を”少しだけ高め”に設定する」

ことではないかと、少なくとも今の時点では強く感じています。

「本来のオレは、やろうと思えばもう少しやれるのではないか?
今やらないと、やがて後悔する日がくるのではないか?
その時はもう頭も体もいうことをきかなくなってひとりベッドで悶々と…」

いやだいやだ、そうなりたくはないもんね~。

以上、長々と生意気を申し上げました。
大した参考にならないかと存じます、スミマセン。
 

« 令和3年8月27日(金)|Top|令和3年8月26日(木) »

コメント

メタ坊さま

タイトルに私の名前をつけて頂き、
丁寧なご返信、大変有難うございます。

非常に興味深い内容でした。

巷にあふれるハウツー本やビジネス本ではピンとこない中、
日々ブログを拝見している、メタ坊様を(勝手に)よく知る私からすると、
リアリティをもって理解することができ、とても参考になりました。

きっかけの一つにリーマンショックによる外的環境変化があったのですね。

私自身、多忙に仕事をこなす日々で、あっという間に20年経ったという感じです。
先日のコメントのとおり、
何か変わろうとする努力をしているかと言えば、できていない状況が続き
今後も多忙を理由にして変わることは一生できないのでは、と感じていたところです。

外的環境変化によって変わらざる得ない状況を一つのきっかけとし、
「自分の人生に満足できること」を一つずつ探し定義し、継続的に実践してきたことが
分かりました。不幸にもリーマンショックによって、自身を見つめ直し振り返るきっかけが
できたことは幸いだったのかもしれませんね。
当時、世の中大不況で、自分を見つめ直すことさえできず、自暴自棄になる人が
たくさんいたと考えます。その中で「自分の人生に満足できること」を継続性をもって
努力できたことは大変素晴らしいですし、なかなかできないと考えます。

一方で振り返りのご自身のジャッジが厳しすぎますね(笑)
「50年の歩みは【無】に等しい」とのことですが、その歩みによる人脈や経験等、
得てきたものも大きかったと考えます。それが今のメタ坊様の行動に活かされているでしょうね。

今回の記事を見させて頂き感じたこととして
まず、変わらなくてもなんとなる状況は、実は幸せであることを再認識しました。
とはいえ、胡坐をかかず、成長することは必要と考えます。

ですので
「自分の人生に満足できることを継続的に努力する」
「ハードルの高いテーマは断念しやすく、少しだけ高い設定にする」
このあたりを考慮すると、身近な事や昔好きだった事からテーマを探すのは
最適だったんでしょうね。ダイエットにブログに英語などなど。

これに倣い、昔好きだった事を改めて考えてみました。
時系列に電車、ゲーム、日本史数学物理といった勉強全般、パチンコ、旅行等等
旅行ひとつとっても、単なる旅行とせず、世界遺産を制覇する等、何かテーマ設定すると
自己満足を達成する立派なテーマになりますね。気負わずに探してみようと思います

大変参考になりました
重ねてお礼申し上げます。

めかぶ様

ご丁寧に返信いただきありがとうございます。

私の場合、若いころにやり残したことがいくつかあり、
それをどうしても達成しておきたいと50歳のころ強く思いました。
月並みですが「悔いのない人生を全うする」ということでしょうか。

現在のコロナ渦はある意味リーマンショックより深刻ですが、
「努力継続の習慣化」により「新たな着想」を得て、
それを具現化すべく邁進することが、精神の均衡をもたらしてくれます。

きっかけ、目標、ゴールは何でもいいんです。
「能動的に」生きましょう!
それが結果的に心身の健康と若さを保つ主要因になると信じます。

もちろん気負わず、気楽に。

ますますのご活躍をお祈り申し上げます。
ありがとうございます。

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